8月15日は光復節で休日でした。久しぶり集まろうとなって友人宅へ。

私を含む女3人と子供たち4人、お守り役として?友人の旦那1人追加で、にぎやかな雰囲気。

子供たちは年齢バラバラで、娘より年下。

幼稚園に通い始めた子が今日は光復節なんだよ~と話し始めました。幼稚園で聞いた話が興味深かったようで、韓国の独立運動をした人たちの名前を挙げ始めました。

うんうん、と話を聞きながら、心の中ではちょっと気まずい私;;この流れだと日本の話になるよね~;
内心では娘が少し心配でした;アイデンティティは韓国人で固まりつつある娘ですが、母親は日本人という意識をハッキリ持っているので、日本関連の話には敏感なのです。私自身も、友達らは10年来の仲なので別に気にしないのですが、旦那さんがいるので日韓問題が話題になったら私も何か反応を見せるべきなのか…とか一瞬考えちゃって。

その子は幼稚園でもらった光復節関連の絵本を持ってきて、友達の旦那に読んで!とせがみました。じゃあ読もうか、、、?となった時、友人が割って入ってくれました。

「韓国と日本は昔はいろいろあったけど、もう過去のことで、今では仲良くなったんだよ。せっかくだから今日は日本語を習ってみよう」といきなり日本語を習う雰囲気に(笑)

みんなで「いただきます」「こんにちは」と言いながら、娘にも日本語教えてね、と気を遣ってくれました。最後は、光復節に日本語習うなんていいのか~⁈なんて笑いあいました。

この間、10分ぐらいだったのですが、とっさの機転を利かせてくれた友人に感謝だな、って後からジワリました。特に、その友人があっけらかんと言った言葉が、本心なんだと分かったので、ある意味尊敬の念を感じました。

歴史の話に接するたびに、もう過去のこと、今の私にはどうしようもない、でも歴史的経緯に複雑な感情を持つ人たちの気持ちは分かる、でも…みたいな気持ちになり、やはり心苦しい思い、韓国で暮らすことへの重さみたいなのを感じていました。

でもその友人の言葉を聞いて、全員が過去の歴史について同じ見方をしているわけではない、乗り越えて新しい時代に向かっている人が多くいるんだ、という気づきになりました。

それと同時に、過去にあった歴史問題を自分の罪悪感と結びつけないで、ただの事実として、こういうことがあったんだというふうに見つめていこうという気にもなりました。あったことをなかったことにするのは違う、でもそれについて罪悪感として受け止めるのも変だなって。

難しい問題なのですが、これからも韓国に住み続けるわけで、こういう気持ちとも向き合っていこう、と思いました。

ではまた。

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